第5回 国際ビジネス研究インターカレッジ大会を終えて

2016年03月31日

2015年12月20日、富山大学にて、第5回国際ビジネス研究インターカレッジ大会(以下、IBインカレ)が行われた。総勢30チーム(プレエントリーを含めれば35チーム)による大会は、予選、決勝はもちろん、その後総勢100名以上が参加した懇親会まで大いに盛り上がった。今回、僭越ながら総括のコメントを仰せつかったので、今大会を含めたIBインカレに関して、私見を交えながらコメントをさせていただく。
私がIBインカレに参加したのは第3回からである。初めはどのような大会かも分からず、学生の研究発表の機会を作るために参加させてもらった大会だった。正直、発表の機会を頂ければそれで十分で、それ以上のことは期待もしていなかった。しかし、そうした私の期待は良い意味で裏切られた。IBインカレは「単なる学生の研究発表の場」以上の魅力を持つものであり、そうした魅力は今大会でも変わらず感じることができた。ここでは私が強く感じる2つの魅力に絞りながら、今大会に関するコメントを行いたい。
1つ目の魅力は、出場する学生の研究レベルの高さである。国際ビジネスの分野に限らず、経営学分野の学部生の研究は、「何冊か本を読んできてまとめただけのもの」や「根拠もないのによくわからない(またはありきたりな)提案をするもの」が多い。この分野での研究には様々なタイプがあるが、オーソドックスな研究は、1)明確な問題意識を持ち、2)研究として既存研究にどのように貢献するものかを明確にし、3)頑健な研究デザインを練り、4)データを収集し、5)分析し、6)考察するという一連の流れを含む。しかし学部生レベルであれば、既存研究は読まないし、データの収集もインターネット程度で楽をしようとすることも多く見られる。これは学生だけのせいではなく、教員側の指導不足の問題もあると思うが、いずれにしても辟易するレベルの研究が多いのが実情である。こうした実情だけを見れば、「文系の大学生は遊んでいるだけ」という評価をされても仕方がないだろう。
しかしIBインカレの研究レベルは総じて高い。学生は既存研究をしっかりと読んで、それと自らの位置づけをちゃんと考えようと努力している。今大会でも、引用している既存研究が数十本に及ぶチーム、しかも英語論文が半数弱含まれているチームが少なからず存在した。データに関しては、自らデータを集めようと努力し、質問票を100人程度に配って回収したり、複数の企業にアプローチしたりするチームが全体の半数程度いた。分析についても、重回帰分析や共分散構造分析など、統計分析を行うグループも三分の一程度いた。特に決勝に進出するようなグループは総じて、既存研究、データ収集、分析において、学部生とは思えない高いレベルの水準にいることは間違いない。私はインカレに参加するまで、このレベルの研究を行っている大学3年生ならびに大学4年生に、ほとんど会ったことはなかった。これは驚きである。
高いレベルの研究を行っていることの何が重要なのかというと、このレベルの研究を行っているということは、相当な努力を行っていることが類推されることである。英語論文も含めた既存研究を30~50本しっかりと読みこむには、100時間以上の時間がかかるだろう。質問票を作成して、配布して、回収する一連のサイクルは、1ヶ月以上の時間を費やすだろう。企業調査を行ったチームであれば、飛び込み営業のように企業に対して調査協力の依頼を電話やメールなどでアプローチし続け、時には心が痛むような断られ方をしたこともあっただろう。統計分析を理解するためには様々な本を読んで、どのように分析するべきか、どうすれば良い結果が出るのか、分析結果をどのように解釈するのかを、毎日データと向き合いながら議論したことだろう。そうした一連の研究を論文にするためには、何度も文章を推敲しながら、議論したことだろう。プレゼンテーションのためには、何度も何度も練習をし、質疑対策もしたことだろう。しかも、こうした作業をチームで行っているということは、すり合わせのミーティングも週に何度も行ってきたのであろう。IBインカレに参加している学生は、大学3年生という最も「遊べる」時期に、途方もない時間を研究に費やすという選択をした学生なのである。そうした学生の努力が正しく伝わり、それが評価される場であることが、この大会の1つ目の魅力である。もちろん、結果として栄誉を逃して悔しい思いをした学生もいると思うが、悔しがるくらい努力をしてきた自負があるのであれば、十分に誇って良いと思う。
2つ目の魅力は、そうした努力をしてきた仲間に出会えることである。決勝まではいわば敵同士だった学生たちが懇親会で楽しそうに話しているのを見るのは、教員にとって何よりも嬉しいことである。育ってきた環境が異なったり、それぞれ得意とするものが異なったりする学生同士でも、ここに参加している学生は少なからず同じような努力をしてきている。ゆえに、同じ苦労、同じ価値観を分かち合える仲間となりえるのである。こうした仲間が毎年100人以上できる場は、非常に貴重である。
短期的に言えば、学生にとって遊び友達ができたり、就職活動の相談できる友人ができたりする。全国各地の様々な大学に友人ができるというのは、これだけでも十分に価値がある。しかしより長期的に重要なことは、同じような経験をして、同じような視点で社会を見ることができる仲間ができることである。この大会に出場した学生であれば、既存の議論を勉強して、それを参考にしながらも自分なりの仮説を立てて、自分の足でデータをとってきて、その上で検証していくという一連の作業の重要性や難しさを理解していることであろう。頭を使うことの難しさや楽しさ、足を使うことの重要性、チームで共同することの難しさや楽しさを理解していることであろう。これらは経営学的な、さらに言えば「IBインカレ的」なものの見方である。そうした見方を持つ人間が社会に増えていくことが重要なのである。
社会とは複雑なものである。何かが起きたとしても(例えばビジネスの成功)、その理由を明確に説明するのは非常に難しい。様々な可能性を考慮し、様々なデータを集めてこなければ、答えにはたどり着けない。ゆえに世の中には、考えることを放棄したり、自分で足を使うことを放棄したりする人もたくさんいる。そういう人達の生き方が間違っているとは限らないが、そういう人たちの意思決定が間違ったとすれば、その理由は明確である。しかしIBインカレに参加した皆さんは、社会というよくわからないものを、自らの思考と足を武器に、なんとか解き明かしていこうという挑戦をしてきた人たちである。こういう人たちはその姿勢を持ち続けることで、たとえ失敗をしたとしても、その失敗を論理的に分析することで、失敗を糧に次に進める人であると私は信じている。また世の中の根拠のないデマや間違った決定に流されず、自らが正しいと信じる道を進める人であると私は信じている。そういう人こそが、どんな苦難にも思考停止せず、社会をより良い方向で動かしていく原動力となる、というのが私の考えである。このような「次の社会を動かす仲間」という大きな意味での仲間づくりの場であることが、IBインカレの2つ目の魅力である。皆さんが社会に出た時に、こうした同じ視点を持った仲間がきっと助けになってくれることであろう。
以上のIBインカレの魅力の意味することは教育の観点から見ても大きい。現在、経営分野の大学教育では、「グローバル化」「起業」「地域創生」の3つに焦点が当てられることが多い。結果、「留学も含めた英語教育」「実務家による授業やビジネスコンテスト」「地域に密着した教育プログラム」などが多数生まれている。これらも重要であるかもしれないが、IBインカレはこれらとは一線を画している。グローバル化を見越した英語部門はあるとは言え、英語力だけが審査されているわけではない。IBインカレの本質は、自分の頭で考え、自分の足で行動する力を養うこと(「知的タフネス」)にある。そして、そうした「知的タフネス」を鍛える基盤を、日本のゼミ教育に求めている。少人数の学部生が指導教員の下で複数年におよぶ手厚い教育を受けるゼミ教育は、欧米の大学では一般的ではない。しかしこうした徹底的な教育こそが、骨太な思考力や行動力をつける上で重要な手段だということを、IBインカレに出るたびに私は強く感じている。新たな教育が叫ばれる中、こうした既存の教育の価値についても、社会に出る皆さんに考えてもらえれば幸いである。
さて、ここまでIBインカレの魅力について述べてきたが、最後に、来年以降もっと魅力的な大会としていくために、私の方から三点だけ学生の皆さんに希望を申し上げたい。
まず、他のチームの発表を、「この研究を自分でやるならばどうするか?」という視点で聞いてみて欲しい。こうした視点で人の研究を見てみることで、自らの思考力がより鍛えられるようになる。また、そうした視点で出された質問は「鋭く」も「痛い」、素晴らしい質問となる。「鋭くても痛くない」質問はダメージがないので、相手チームを困らせることはできない。「鈍く痛い」質問は的確に弱点を付くことはできておらず、アザのように殴られた記憶が残るだけで、建設的ではない。スパッと弱点をついて、でも後々には跡が残らない、そんな建設的な質問を期待する。そうした質問は点数評価につながっていないが、教員は心の中で拍手を送っている。後で個別に一声かけさせてもらうこともあるかもしれない。
次に、今大会の反省点を来年度出場する学生に伝えてあげて欲しい。指導教員も指導するだろうが、IBインカレに出場した経験のあるのは皆さんだけであり、皆さんだからこそ教えられることがたくさんあるだろう。また、後輩を指導する中で、改めて自分たちの良かったところ、悪かったところが浮き彫りになり、自らの学びにもなる。自分たち以上の成果を出せるように、後輩たちを指導して欲しい。
特に私から希望するのは、「もっと面白い研究」と「もっと面白いプレゼン」である。面白い問題意識を持ってくると研究上の位置づけが難しく、分析も難しい。そのため、手堅い問題意識の方が研究としてまとめやすくなるのも事実である。しかしもし上手くいけばより高い評価を得られる研究となるだろう。また、プレゼンに関しても、今大会はどのチームも手堅い印象を受けた。もちろんプレゼン資料はよくできているのだが、ひきつけてやまないプレゼンにはあと一歩と感じられた。聴衆をひきつけるにはどうすれば良いか、少し考えてみて欲しい。もちろん、どちらも失敗するリスクはあるのであくまでも私の個人的希望だが、先輩としてなにか助言をしてあげてくれれば幸いである。
3つ目に、これは第1回目の出場者を含めてのお願いだが、どうかOBになったあとも、この大会に時には顔を出してみて欲しい。皆さんと同じように一生懸命取り組んでいる学生がまだいることを知ってほしいし、活躍する皆さんの姿が、今の学生にとって何よりも励みになるだろう。また今まで横のつながりがメインだったIBインカレに、縦の500人近くのつながりができれば、皆さんにとってもより大きな武器となる。社会で活躍している方々は多忙であるのは間違いないが、リフレッシュを兼ねてでも、一度IBインカレに顔を出してくれたら幸いである(来年度は東京)。教員一同、心から歓迎する。
最後に、大会の準備に尽力してくださった富山大学の皆様に感謝申し上げるとともに、この大会に関わったすべての学生・教員に厚く御礼申し上げる。また来年度も熱い熱戦が繰り広げられることを心から楽しみにしている。